今日はまだ時間があるのでもう一つ〜
先ほどの話と続くのですが、ほぼ1ヶ月遊んだ事と同時に他の人たちの作品も沢山聞かせていただいたので、AIの(suno限定ですが)限界のようなものを感じました。
AIとは「学習」する
これはAI物の中核とも言える言葉ですが
私が作っている時感じたのは、どんなに違うプロンプトを打ち込んでも、最初に作った作品からの歴代の作品のニュアンスというかエッセンスが、必ず何処かに入っていると思ったのです。
つまりは「似ている」。
私が「作って」と「お願い」したプロンプト、その全てを覚えているからこそ、次のプロンプトを打ち込んでも「今までの」私の「お願いの上」に作品を作ってくれるわけ。
「私ならこれが好きよね?」と忖度してくれているとも言えますが...
実は今回アカウントが新しくなった時に、これで一からしっかりと「別の」曲を作れることになったと、どこかホッとした自分がいたのです。
最初は、何も知らずに初めてsunoに挑戦して安易に曲を作っていった為に、何処か「澱」のように感じる違和感のようなそれが残っている。
未熟な「エッセンス」が消え切らない。それがAIが作る「作品」だと思いました。
もちろん人間だって作れば「似ます」が、人間は「忘れる」ことも出来るのです。
作り続ける間に何処かに忘れていける。だから最初の作品の小さなエッセンスなんて盛り込むことは逆に不可能です。
1ヶ月自分のそして他の方のAIの作品を聞いていて、外で流れるCMや音楽に「あ、これAIだわ(あるいはAI経由で作られた)」とわかるようになりました。
別にそれが悪いわけではなく、むしろ「人」の作品のこれからの在り方、可能性、希望を見つけたように思いました。
だから、私もこれからも作り続けようと強く思っています。
頑張るぞ!曲もViolinもライバルはAIだ!
そう、AIのViolinがめっちゃ上手いのです(笑)!負けないもん!!w